こんにちはtomoです!
西洋絵画を楽しむには、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などの大きな物語を知っておかないといけません。
ヨーロッパも中東もアメリカも、これらの宗教や古代神話をベースに文化が作られてきたからですね。
西洋絵画の始まりは、教会の宗教装置として壁に描かれたところから始まっています。
そして、それを幼い頃から空気のように吸って、その中で育ってきた文化圏のコンテンツは影響を受けています。
絵画のみならず、イラスト、漫画、映画、小説、デザイン、プロダクトなどのコンテンツの元ネタは「聖書や神話」というものはたくさんあります!
これを改めて知っておくということは「人生の質を高める」といっても過言ではないです。
この記事ではストーリーに重点を置き、ざっくりと名画をたどりながら新約聖書を理解していきます。
この記事を読んでほしい人
・西洋絵画って何だかわからなくていまいち楽しめない
・ちゃんと古典も理解したいけど何を勉強すればいいかわからない
・ポイントだけ抑えてサクッと西洋絵画を楽しみたい
今回は「新約聖書」について名画で読み解いていきます。
旧約聖書について学びたい方はこちら↓
≫西洋絵画を最高に楽しむには【旧約聖書】のストーリーを読み解くことが重要
この記事を読むメリット
・キリスト教の聖典「新約聖書」についてストーリーがわかる
・西洋絵画にはモチーフや色に意味があることがわかる
・古典絵画を読み解くと現代美術や映画、アニメ、漫画などをより深く楽しめる
画歴20年の画家で、現在は高校美術教師をしています。
東京藝術大学日本画科を卒業し、ドイツで現代アートを学んできました。
中・高校時代はキリスト教の私立学校に通っていました。
とはいえ、クリスチャンではないのですが、記事にまとめながら勉強し直していきます。
今回は「新約聖書」のエピソードを名画とともに解説していきますね!
先日、旧約聖書の物語を記事にしたところ、多くの方に見ていただけました。
今回は「新約聖書」について書いていきます。
キリスト教圏では、新約聖書の方が新しく、メインの扱いになっていますよね。
旧約聖書とのつながりもありますし、しっかり理解できたらさらに西洋絵画を楽しむことができそうです!
この記事はまとめ記事で、詳細は個別に深堀していきます。
ざっくりと全体をながめてもらって気になるところを個別に読んでいただければ嬉しいです!
参考にした書籍 「ビジュアル図解聖書と名画(中村明子)」、「ビジュアルワイド 図解 聖書と名画(中村明子)」「マンガでわかる「西洋絵画」のモチーフ(池上英洋)」、「マンガで分かる「西洋絵画」の見かた聖書編(池上英洋)」、「キリスト教と聖書でたどる世界の名画」、「西洋・日本美術史の基本」、「西洋絵画の教科書(田中久美子)」、「名画の読解力(田中久美子)」そしてネット上のいろいろな記事です。
- 「新約聖書」とは?
- イエスの誕生と伝道
- 洗礼者ヨハネの誕生
- 受胎告知 〜マリアとヨセフそれぞれに告げられる〜
- イエスの誕生 〜ベツレヘムに滞在中に生まれる〜
- 東方三博士(マギ)の礼拝 〜イエスのその後の暗示〜
- 神殿奉献
- 幼児虐殺 〜2歳以下の男児は皆殺し〜
- エジプトへの逃避 〜風景画の原点エピソード?!〜
- 少年時代のイエス 〜博士たちとの議論〜
- 洗礼者ヨハネ 〜荒野で修行し、救世主の出現を告げる〜
- イエスの洗礼 〜ヨハネが救世主に洗礼を授ける〜
- 悪魔の誘惑 〜人はパンのみにて生きるにあらず〜
- 洗礼者ヨハネの処刑 ~ファム・ファタル典型例【サロメ】~
- ペトロの召命 〜ペトロら4人が弟子として迎えられる〜
- 十二使徒 〜弟子の中から12人が選抜される〜
- カナの婚礼 〜水をぶどう酒に変える奇跡〜
- 山上の垂訓 〜イエスの教えの本質〜
- ガリラヤ湖での奇跡 〜嵐を止め、湖面を歩く〜
- マルタとマリア ~イエスの教えが重要であることの挿話~
- イエスとサマリア人 ~性別や民族にとらわれないイエス~
- 天国の鍵 ~ペトロがイエスから祝福を受ける~
- イエスの変容 ~イエス変身&モーセとエリヤ召喚!~
- 貢の銭(みつぎのぜに) 〜イエスの税金に関する考えと奇跡〜
- ラザロの復活
- イエスの受難
- エルサレム入場 ~ロバに乗って入城、旧約聖書の預言が成就~
- イエスの「宮清め」 〜神聖な神殿で金儲けする商人たちを追い出す〜
- 最後の晩餐
- ゲッセマネの祈り ~流石のイエスもできれば死にたくはない~
- イエスの捕縛 ~ユダの接吻を合図にイエスが捕まる~
- ペトロの否認 〜イエスの弟子ではないと否定し、それを後悔する〜
- 「この人を見よ」 〜そそのかされたユダヤの群衆が死罪を要求した〜
- 十字架の道行き 〜自らを磔にする十字架を背負って進む〜
- 十字架のイエス 〜最後の言葉を残して息を引き取る〜
- 十字架降架 〜ロンギヌスの槍と聖杯伝説の原点となるエピソード〜
- イエスの復活
- キリストの昇天
- 使徒たちによる伝道
- 聖霊降臨
- パウロの伝道 〜キリスト教徒を殺害するも奇跡によって回心する〜
- ヨハネの黙示録 〜この世の終わりにイエスが人々を裁く〜
- まとめ:西洋絵画で読み解く【新約聖書】ストーリーを名画で解説「キリスト教とは?」
「新約聖書」とは?
新約とは「新しい契約」のこと
それまでの聖書は旧約聖書として「旧(ふる)い契約」になります。
あくまで、キリスト教としての見方です。
ユダヤ教からすると勝手に「旧(ふる)い」とか言ってくれるな!という見方になりますね〜。
「旧約聖書」はユダヤ教、キリスト教、イスラム教のすべてで聖典です。
「新約聖書」はキリスト教とイスラム教のだけの聖典となっています。
ざっくり言うと、ユダヤ教は1.0、キリスト教は2.0、イスラム教は3.0といった印象でしょうか。
どんどんと信者の対象を広げていっている感じです。詳しくはこちらの表で↓
「新約聖書」の内容は?
イエスの人生を通した人類と神との再契約の物語です。
聞いたことのある話や見たことのある絵も多いはずです。
「新約聖書」の著者は?
実質たった3年の物語ですが、この2000年以上語り継がれて様々な解釈されながらたくさんの名画を産んできました。
4人の聖人の書き残した福音書を中心にまとめたものが「新約聖書」としてまとめられています。
ヨハネの黙示録や弟子たちの手紙なども収められています。
この4人の四福音書記者はそれぞれ、マタイは天使、マルコは獅子、ルカは牡牛、ヨハネは鷲を象徴としてよく天井画に登場します。
上の絵画、エゼキエルの幻視がそれぞれの元ネタとなっています。
イエスの誕生と伝道
旧約聖書は歴史書として、人間の生々しい殺人や性犯罪や詐欺などの暗黒面がこれでもかと出てきましたw
しかし、新約聖書はほとんどそういったことは出てきません。
新約聖書が「布教の書」だから、ですね。
そもそも、さきほど4人の著者の話をしましたがエピソードも少しづつ違っているので、研究者や教派によっても解釈に違いがあります。
なので「西洋絵画を楽しむこと」を目的にするなら、ざっくりしたストーリーの全要さえ掴んでおけば、あとは「解釈の違いかな」って感じで理解できるようになります。
大天使ガブリエルにより受胎告知された聖母マリアは、ベツレヘムの地でイエスを産みます。
成長したイエスは洗礼を受けると、ガリラヤ地方で伝道活動を開始します。
イエスは数々の奇跡を起こしながら、例え話を用いてわかりやすく説教し、信者を獲得し、弟子を増やしていきました。
このためイエスは、保守的なユダヤ教の律法学者などから敵視されてしまいます。
イエスは自分の受難の運命を予言し「自分は殺されるが、3日後に復活する」と語りました。
それでは名画とともにストーリーを追って行きましょう〜!
洗礼者ヨハネの誕生
のちにイエスを洗礼することになる重要人物「洗礼者ヨハネ」の誕生の物語です。
赤ん坊を抱いているのは聖母マリアで、天蓋に寝ているのがヨハネの母エリザベトです。
マリアは従姉であるエリザベトの出産を手伝いに来ています。
エルサレムの老祭司ザカリアとエリザベトの元に大天使ガブリエルが現れます。
ガブリエル「あなたの妻エリザベトは男の子を産むであろう。その名をヨハネとつけよ」
ザカリア「私も妻も年をとっています」
天使は神を疑った罰としてザカリアの口をきけなくします。
ザカリア的には「あ、これか〜!疑ったらダメなやつ!モーセさんもやってたもんなぁ」
とか思ったでしょう。時すでに遅しw
この後、天使の言う通り「ヨハネ」の名付けをしたら口を聞けるようになります。
成長したヨハネは荒野に出て修行しながら暮らし、後に洗礼者ヨハネとして人々の前に現れることになります。
受胎告知 〜マリアとヨセフそれぞれに告げられる〜
ガリラヤ地方のナザレに住む「マリア」とその婚約者である大工の「ヨセフ」の元に、天使ガブリエルが現れます。
マリアには・・・
ガブリエル「マリアよ、恐れることはない。あなたは子を授かり、男の子が生まれる。その名をイエスとつけよ」
マリア「私はまだ男の人を知りませんのに」
ガブリエル「いと高き方があなたを包む。生まれる子は聖なる者で、神の子と呼ばれる。あなたの従姉のエリザベトも年老いていたが男の子を身籠っている。神にできないことは何ひとつない」
マリア「私は主の婢女(はしため)です。お言葉の通りになりますように」
と天使の言葉を受け入れました。
一方ヨセフは・・・
マリアが身籠っていることを知って、律法を守り密かに婚約を解消しようと決心していました。
そのヨセフの夢の中にガブリエルは現れます。
「恐れず妻マリアを迎えよ。その子は聖霊による者だ。男の子が生まれるから、その名をイエスとつけよ」
そう告げられ、ヨセフはマリアを家に迎えます。
イザヤ書には、救世主誕生の予言や処女懐胎が予言されていました。
また「白ユリ」がよく描かれますが、これはマリアの純潔を表します
イエスの誕生 〜ベツレヘムに滞在中に生まれる〜
ベツレヘムに滞在中、イエスが誕生します。
狭い胎内から出てきたばかりなので、赤ちゃん的にも落ち着くらしいですね。
今でもロシアでは行われているようです。
マトリョーシカもそこから来てます^^
マリアが受胎告知を受けて身籠っている頃、ユダ王国(当時のユダヤ人国家)はローマ皇帝の支配下にありました。
ローマ皇帝アウグストゥスは、全領土の住民に人口調査を命じました。
住民登録は、自分の祖先の地で行う必要があったため、人々は自分の故郷へと旅立ちます。
ユダ族(ダビデの家系)に属していたヨセフは、妊娠しているマリアとともにナザレからベツレヘムに旅立ちます。
ベツレヘムに着いたものの、宿もない中でマリアはイエスを出産します。
生まれたばかりのイエスは布に包まれ、馬小屋の飼い葉桶(餌入れ)に寝かされました。
旧約聖書の中で、預言者たちは、ダビデの子孫からメシア(救世主)が誕生すること、またベツレヘムからイスラエルを治めるものが生まれることを告げています。
下の図の後半、旧約聖書後半はイエスにつながっていますね!
東方三博士(マギ)の礼拝 〜イエスのその後の暗示〜
ルカ福音書では「羊飼いの礼拝」、マタイの福音書では「東方三博士の礼拝」のエピソードが書かれています。
どちらもイエスが誕生したことで、イエスを訪ねるという話です。
占星術の博士たちが、ヘロデ王の宮殿に来て「ユダヤ人の王(救世主)はどこにおられるか。私たちはその方の星が出るのを見た」と語ります。
不安を抱いたヘロデ王は「その子の居場所を探して、見つけ次第報告せよ」と命じました。
出かけた博士たちは東方で見た星が道を示し、イエスのいる場所を教えてくれました。
博士たちがイエスのもとにたどり着くと、ひれ伏して拝み、黄金や没薬、乳香を捧げました。
それぞれの贈り物は、イエスのその後を暗示しています。
黄金・・・イエスの王権
没薬・・・イエスの死
乳香・・・イエスの神性
知恵のある老人はアジア人、体力のある壮年をヨーロッパ人、未熟な青年はアフリカの黒人。
16世紀初頭の文明感が反映されています
神殿奉献
イエス誕生から40日後「神に聖別」されるため、神殿へと連れてこられます。
これはモーセの律法に定められた儀式のひとつです。
神殿でイエス親子を待ち構えていたのが、救世主を見ないうちは死ねないと予言されていたシメオン。
イエスを抱き上げたシメオンは、この子が救世主であること、そのためにマリアが胸を剣で刺し貫かれるほどの、非常な悲しみを受けることを告げられます。
光輪のない2人は作者のマンテーニャとその妻と言われています。
ちゃっかりw
幼児虐殺 〜2歳以下の男児は皆殺し〜
東方の博士たちが国へ帰ると、ヨセフの夢の中に天使が現れました。
天使「ヘロデがこの子を探し出して殺そうとしているから、その子と母を連れてエジプトに逃げよ」
起きたヨセフは、すぐにイエスとマリアを連れてエジプトに旅立ちました。
「イエスを探し出せ」と命じられた博士たちは、天使の助言で王の元には寄らずに直帰します。
激怒したヘロデ王は博士たちの話からイエスの年齢を割り出し、ベツレヘムとその周辺にいた2歳以下の男児をひとり残らず殺害させました。
これらの幼児たちは、キリスト教最初の殉職者として崇拝されています。
ルネッサンス以降、工房システムにより弟子たちが親方の指示に従って分業で絵画制作をしました。
ラファエロやルーベンスも弟子たちと共同制作で名作を生み出しています!
エジプトへの逃避 〜風景画の原点エピソード?!〜
ヘロデ王の幼児虐殺から逃れたヨセフたち聖家族は、無事にエジプトにたどり着き、そのまま留まります。
イエスが7歳になる頃までエジプトで暮らしたようです。
ヘロデ王が死ぬと、天使がヨセフの夢に現れます。
天使「その子の命を狙っていたものは死んだから、その子と母を連れてイスラエルの民の地に行け」
ヨセフはその言葉に従いイスラエルの地に帰りますが、ヘロデ王の息子が支配者になっていたためユダヤ地方(カナン南部)には行かず、受胎告知を受けたナザレに戻ることにします。
イエスはこの後、30歳までナザレで暮らしたため「ナザレのイエス」と呼ばれるようになります。
風景を描きたい画家たちは、このエピソードを好み、風景を中心とする作品を描くようになります!
のちの風景画誕生に大きな影響を与えていますね
少年時代のイエス 〜博士たちとの議論〜
ナザレに移り住んだヨセフ一家は、過越祭(モーセのイスラエル人解放エピソードが起源)には毎年エルサレムを訪れていました。
イエスが12歳になった時も一家はエルサレムの神殿を詣でて帰路に着いたが、混雑の中帰宅するとイエスがいないことに気づきます。
マリアたちは必死に探し、3日後にエルサレムの神殿の中で博士たちと議論を交わしているイエスを見つけます。
学者たちはイエスの賢い受け答えに感心していましたが、驚いたマリアはイエスを叱ります。
マリア「なぜこんなことをしたのです?!お父様も私もこんなに心配して探していたのに!」
イエス「なぜお探しになったのです?私が自分の父の家にいるのは当然でしょう」
そうイエスは答えました。
「自分の父」とは「天にいる神」のことだったのですが、マリアたち両親には伝わりませんでした。
ユダヤ教の博識な律法学者たちを相手に、自信を持って賢く受け答えをする少年イエス。
これはキリスト教のほうが、ユダヤ教より優れていることの暗示とも言われています。
グロテスクな顔の博士の表現は、レオナルド・ダ・ヴィンチの素描の影響ではないかとも言われます。
若くて美しいイエスと博士の醜さや老いを対比させることにより、イエスの聡明さを際立たせていますね
洗礼者ヨハネ 〜荒野で修行し、救世主の出現を告げる〜
エルサレムの老祭司ザカリアとエリザベトの間に生まれたヨハネは、荒野で修行を続けていました。
ラクダの毛をまとい、革の帯を腰に巻いただけの粗末な姿で、食べ物はイナゴと蜂蜜だけ。
ヨハネは30歳になった頃、ヨルダン川の沿岸で布教活動を開始します。
「悔い改めよ、天の国は近づいた」
「この世の終末は迫っているので、悔い改めるべき」
と説きました。
そして、罪の赦しを得るための洗礼(穢れた体を水で清める儀式)を伝えました。
洗礼者ヨハネの説教
・(民衆へ)下着を2枚持っている者は、持っていない者に分けてやれ
・(徴税人へ)決まったもの以上、何も取り立てるな
・(兵士へ)誰をもゆすらず、給料で満足せよ
「誰にでもわかる教え」と「洗礼」という儀式によって注目されたヨハネのもとには人々が多く集まり、罪を告白し、ヨルダン川で洗礼を受けました。
人々はヨハネを救世主だと期待しましたが、ヨハネはこれを否定し「私よりも力のある方が、私のあとから来られる」
さらに「私は、かがんでその方の靴紐を解く値打ちもない」と語りました。
「謙虚すぎません?!」って感じなのですが、これがイエスの出現の予告ですね!
通常ヨハネは痩せこけた様子で描かれていることが多いですが、謎めいた微笑みとカメラ目線のヨハネには惹きつけられますね!
天を指差し、救世主が天から現れることを暗示しています。
イエスの洗礼 〜ヨハネが救世主に洗礼を授ける〜
30歳を過ぎたころ、イエスは洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受けます。
イエスを見たヨハネはすぐにイエスが救世主であることに気づきます。
イエスはヨハネに洗礼を求めるも、ヨハネはしきりに辞退しました。
ヨハネ「私こそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに。あなたが私のところに来られたのですか」
イエス「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、私たちに相応しいことです」
イエスはヨハネを説得し、洗礼を受けます。
すると、天がイエスに向かって開き、聖霊がハトのように目に見える姿で舞い降りてきました。
「これは私の愛する子、私の心に適う者」
という声が天から響き、イエスが神の子であることが証明されました。
「神は、父なる神でイエスで精霊」というものです。
上の絵でいうと天から降りてる腕とハト(聖霊)とイエスは一つの存在、「三位一体(トリニティ)」だということですね!
ちなみに映画マトリックスに出てくるヒロインの名前も「トリニティ」です。
マトリックスが新約聖書の物語であることを示しているといえます。
悪魔の誘惑 〜人はパンのみにて生きるにあらず〜
洗礼後、イエスは荒野で40日間の断食に入ります。
その最中に、イエスの前に悪魔(サタン)があらわれて誘惑します。
空腹のイエスに悪魔は語りかけます。
悪魔「神の子ならば、石がパンになるように命じてはどうだ?」
イエス「人はパンだけで生きるものではない」
旧約聖書の「モーセ五書」を引用して退けます。
さらに悪魔は誘惑を続けます。
悪魔「神の子ならば神殿から飛び降りたらどうだ?」
イエス「神を試してはならない」
悪魔「私を拝むなら、この世の全てを与えよう」
イエス「神である主に仕えよ」
と、イエスは3度の誘惑を退けました。
これらの誘惑は、物欲、名誉欲、権勢欲だとされます。
悪魔を退けたイエスのもとには、天使がやってきてイエスこそ神に選ばれた存在であることが強調されています。
そして、手前で展開しているのはイエスが病人を癒す別のエピソードの場面です。
異時同図法で描かれていますね
洗礼者ヨハネの処刑 ~ファム・ファタル典型例【サロメ】~
イエスに洗礼を授けたヨハネには過酷な運命が待っていました。
ヘロデ王の子、ヘロデ・アンヘロティパスはガリラヤの領主でへロディアと結婚していました。
しかし、へロディアは、もとはヘロデ王の兄弟・フィリポの妻でした。
ヨハネは「この結婚は律法で許されていない」と批判したため、ヘロデ王に捕らえられ、牢に入れられてしまいます。
ヘロデ王はヨハネを殺したいと思っていましたが、ヨハネを預言者だと信じる者が騒ぎ出すことを恐れていました。
ヘロデ王の誕生日の祝宴に、へロディアの娘・サロメが見事な舞を客人に見せたことがありました。
ヘロデ「見事な舞だった!褒美に願うものは何でも与えよう」
サロメは母へロディアに相談すると「ヨハネの首はどうか」とそそのかします。
サロメ「洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、この場でください」
ヘロデ王は客人の手前、誓いを破ることができません。
命令しヨハネの首をはねさせました。
ヨハネの首は盆に載せられ、サロメに渡されました。
19世紀にロマン主義文学のテーマとしてブームにもなりました。
当時の女性地位向上運動とも重なり、悪女というより「行動力のある女性」と肯定的に見られる傾向があります
ファム・ファタルの代表例 サロメの他には、旧約聖書のイブ、パンドラ、クレオパトラ、ギリシャ神話のヘレネなど
ペトロの召命 〜ペトロら4人が弟子として迎えられる〜
サタンの誘惑を退けたイエスはついにガリラヤ地方で伝道活動を始めます。
「ドラゴンボール」で言ったら、悟空が成長して「ドラゴンボールZ」がスタートといった感じです!
イエスがガリラヤ湖畔に立っていると、群衆が話を聞こうと押し寄せてきました。
イエスは漁師ペトロの船に乗せてもらい、船の上から説教をしました。
イエス「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」
説教が終わると、イエスはペトロに「これから漁をしなさい」といいます。
この日、ペトロたちは夜通し漁をしていましたが、何も捕れていなかったのです。
ペトロは言われるまま半信半疑で網を湖に降ろしてみると、網が破れそうになるほどの魚が捕れました。
この大漁の奇跡を見たペトロと弟のアンデレ、その仲間のヤコブ、ヨハネたち4人は、イエスにビビりまくるわけですが・・・。
イエス「恐れることはない。今からのち、あなたたちは人間を捕る漁師になる」
そして、これを聞いた4人は舟を陸に引き上げて、すべてを捨ててイエスに従うことにします。
こちらもシスティーナ礼拝堂の壁面を飾るために描かれたそう。
この聖書の記事を書き始めて何度「システィーナ」と書いたことかw
いつか行ってみたいですね〜!!
十二使徒 〜弟子の中から12人が選抜される〜
左から2番目の髭の男性がマタイか、まだイエスに気づいていない硬貨を数えている若者がマタイか見方によって変わります。
いまだに議論され続ける名画です。光と指差しの方向性などの構成が見事!
イエスが伝道を続けていく中で、弟子は次々と増えていきます。
その中から、イエスは12人を選び「使徒」と名づけ、伝道を手伝わせました。
十二使徒
- 最初に弟子になった猟師のペトロ、アンデレ、ヤコブ(大ヤコブ)、ヨハネの4人
- 忌み嫌われていた徴税人のマタイ
- ユダヤ独立運動を展開する熱心党のシモン
- ベトサイダ出身のフィリポ
- フィリポに誘われたバルトロマイ
- 疑い深い性格のトマス
- アルファイの子ヤコブ(小ヤコブ)
- タダイ(ヤコブの子ユダ)
- イスカリオテ出身のユダ(のちにイエスを裏切るユダ)
ちょっと混乱させてくれる使徒の絵として、このデューラーの「4人の使徒」があります。
描かれているのは、左から福音書記者ヨハネ、聖ペトロ、福音書記者マルコ、聖パウロですが、そのうちマルコとパウロの2人は12使徒のうちに含まれません。
マルコはペトロと仲良しで、ペトロの説教を聖書に記したとも言われています。
パウロはキリスト教が世界的宗教になるにあたって、最も貢献した人物です。
宗教改革で激動していたドイツで、権力者が正しい行動をするように下記の銘文を添えて、完成後にニュルンベルク市に寄贈されました。
「この危機の時代における全ての地上の統治者たちは、人間の惑わしを神の言葉ととらないように注意せよ」
「偽の預言者」や「偽善者」に対する警告を示した『新約聖書』から引用されています。
一方でここに描かれた四人の人物はヨーロッパの伝統的な人間の性質に関する分類法に基づく特徴が現れています。
これらの四気質は当時の教養人の間で盛んに議論された問題でした。
福音書記者ヨハネは快活だが激しやすい・・・「多血質」
ペトロは感情に乏しいが沈着・・・「粘液質」
マルコは怒りっぽい・・・「胆汁質」
パウロは鬱々としているが天才型・・・「憂鬱質」
相変わらず自己主張がすごい・・・!!!
カナの婚礼 〜水をぶどう酒に変える奇跡〜
ヨハネ福音書には、伝道を始めたイエスが起こした最初の奇跡として「カナの婚礼」があります。
ガリラヤのカナで行われる婚礼に母マリアと弟子たちとともに招かれます。
しかし、宴会の途中でぶどう酒が足りなくなってしまいます。
イエスの命で水瓶に水を満たすと、水は上等のぶどう酒に変わりました。
こうした奇跡を見た弟子たちは、よりイエスを信じるようになっていきます。
イエスが起こした奇跡には2つのタイプがあります。
1、食べ物を増やすタイプ
2、病気や悪霊に関するタイプ
カナの婚礼は「1」の典型例ですね!
16世紀の宴会の様子を今に伝えてくれます。
新郎新婦は左端、中央の演奏家たちの中には画家の姿もあるそうです^^
山上の垂訓 〜イエスの教えの本質〜
イエスの伝道の噂が広まると、群衆が教えを聞くためにガリラヤの丘に集まりました。
イエスは群衆を前に、説教を開始します。
これが「山上の垂訓(説教)」です。
イエスの教えの本質が示されています。
「心の貧しい人は幸いである、天の国はその人たちのものである」
「心の貧しい人」とは、神のみを頼ろうとする人々のことです。
また、「悲しむ人々」「柔和な人々」「義に飢え渇く人々」「憐れみ深い人々」「心の清い人々」「平和を実現する人々」「義のために迫害される人々」こそが「幸い」であり、神の祝福を受けるべき存在で、天の国に入ることが約束されていると説きました。
さらに、弟子に向かって説教しました。
「あなたがたは(腐敗を防ぐ)地の塩であり、世の光である」
「人々の模範となる生き方を貫くように」と命じました。
また、イエスは・・・
「私はユダヤ教の立法を完成させるために来た」
「目には目を、歯には歯を」という律法に対し「右の頬を打たれたら、左の頬を向けなさい」
「敵を愛し、自分を迫害するもののために祈りなさい」
と教えます。
当時の人々にとって、立法は守るべき最も大切な掟であり、一度犯した罪は消えず、許されないとされていました。
そんな中、イエスは律法の中で最も大切なものは「愛することである」と教えました。
愛を説いたイエスの教えは、厳しい律法に縛られていた人々の心を捉え、急激に信者を増やしていきます。
中央やや左には垂訓の様子が描かれています。
背景に重層的に書かれた山や城はイエスの教えが広まっていくことを表しています
ガリラヤ湖での奇跡 〜嵐を止め、湖面を歩く〜
イエスはガリラヤ湖周辺で数多くの奇跡を起こしています。
ここでは、イエスは弟子に自然を操る奇跡を見せます。
あるとき、イエスが弟子たちとともに舟でガリラヤ湖を渡ろうとした時、突然激しい突風が巻き起こりました。
波を被った舟は水浸しになるほどでしたが、イエスは気にせず眠っています。
恐怖にかられた弟子はイエスを起こします。
「先生、私たちがおぼれても構わないのですか?!」
と言うと、イエスは風を叱りつけて、湖に「黙れ。静かに」と命じました。
すると嵐はおさまったそうです。
また、別のときには、弟子たちにガリラヤ湖の向こう岸の町ベトサイダまで行くよう命じました。
しかし、逆風のため舟は進めずにいました。
これを見たイエスは、湖の上を歩いて弟子たちのところへ向かいます。
弟子たちは幽霊だと思い、恐怖で叫び出します。
「安心しなさい。私だ。恐れることはない」
イエスが船に乗り込むと、風はぴたりと止みました。
奇跡のエピソードは、自然界の力を超越したできごとで、誰が見ても否定できない現象です。
奇跡は神の力によって起こるので、イエスの中に神がいることや、彼が神の子であることの証明になります。
イエスの立ち姿は、少し引き伸ばされてより優美で幻想的な佇まいを演出しています。
弟子たちのテンパリ具合は面白いですねw
マルタとマリア ~イエスの教えが重要であることの挿話~
エルサレム近郊のベタニアに住む「マルタとマリア」とイエスの話です。
あるとき、イエス一行がベタニアを訪れたとき、姉マルタがイエスを家に迎え入れました。
姉マルタはイエス一行を接待するために忙しく働きました。
しかし、妹のマリアはイエスの足元に座って、イエスの話に聞き入っていました。
妹の様子に起こった姉マルタはイエスに言いました。
マルタ「私の妹は、私だけに、もてなしの準備をさせようとしています。手伝ってくれるようにおっしゃってください!」
イエス「マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである」
イエス「マリアはよいほうを選んだ。それを取り上げてはいけない」
イエスは、神の言葉に耳を傾ける重要性を伝えたのです。
マリアに関しては、別の挿話(そうわ:本筋と直接関係のない話)もあります。
マリアが非常に高価な香油を持ってきて、イエスの足に塗り、自分の髪の毛でそれをぬぐいました。
それを見たユダが「この油を売って貧しい人に施せばいいのに」と非難します。
しかしイエスは「この人は私を葬る準備をしてくれたのだ」と答えました。
イエスの足に香油を塗ったマリアの行為は「終油の秘蹟」として今もなお継承されています。
「終油の秘蹟(しゅうゆのひせき)」・・・臨終にある人を祝福し油を塗る儀式
このマリアについては詳しく説明されていませんが、多くの伝説と混ざり、今ではマグダラのマリアのこととされています。
絵画といえば肖像画や聖書や神話のシーンなので、一般人の生活を描くことは、ほとんどありませんでした。
風俗画の発展に影響をあたえたエピソードになりました。
風俗画は、17世紀以降に大きく発展していきます。
イエスとサマリア人 ~性別や民族にとらわれないイエス~
古代のユダヤ社会は男性優位で、女性は男性よりも一段低い存在とみられていました。
しかし、イエスは男女の別なく救いの手を差し伸べ、罪を犯した女性たちにも優しくしました。
当時、ユダヤ社会からは蔑視されていたサマリア人にも教えを広めています。
サマリア人とは?
イスラエル王国が滅亡した後、イスラエル人と異民族が混血して生まれた民族で、ユダヤ人から「純潔を穢した者」とされ、言葉を交わすことすら穢れとされていた。
イエスはサマリアを訪れ井戸で休んでいたとき、水を汲みに来たサマリア人の女性に話しかけます。
イエス「水を飲ませてください」
サマリア人の女「ユダヤ人のあなたが、サマリア人の女の私に、どうして頼むのですか?!」
驚いている女性に対して、イエスは会話を続けます。
身の上をすべて言い当てて、自分が救世主であることを伝えます。
女性はイエスを救世主だと信じ、そのことを町のサマリア人たちに伝えると、多くのサマリア人たちがイエスを信じるようになりました。
サマリア人のエピソードは今も根深い社会問題に繋がっていますね
天国の鍵 ~ペトロがイエスから祝福を受ける~
イエスが弟子たちを連れて、フィリポ・カイサリア地方に出かけたとき、弟子たちに問いかけました。
イエス「人々は私のことを何者だと思っているのだろうか?」
弟子たち「洗礼者ヨハネや預言者エリヤだと言うものがいます」
イエス「あなた方は私を何者だと言うのか?」
ペトロ「あなたはメシア(救世主)、生ける神の子です」
イエス「私が地上に現れたのは、天の父によるものだ。あなたに天の国の鍵を授ける」
「天国の鍵」とは物理的な鍵ではなく「天と地をつなぐ」という意味がこめられた象徴であると考えられます。
このあと、イエスはエルサレムに行って、長老たちに殺され、3日後に復活することになっていると弟子たちに打ちあけます。
これを聞いたペトロは「起こるはずがない」と否定します。
それを聞いたイエスは「引き下がれ」と叱責。
そして弟子たちに命じます。
イエス「私について来たい者は、自分を捨て、私に従いなさい」
天国の鍵を受け取ったペトロは初代教皇となります。
この絵画は、サン・ピエトロ大聖堂の隣に作られた、システィーナ礼拝堂に設置するために教皇シクストゥス4世が注文しました。
裏切りの報酬、銀貨の袋を持っているね!
イエスの変容 ~イエス変身&モーセとエリヤ召喚!~
さあついにイエスも本気を出し始めます。
ドラゴンボールで言ったら、ついに悟空がスーパーサイヤ人になるってシーンです!
自らの死と復活を明かした日から6日後、イエスはペトロとヤコブ、ヨハネだけを連れて高い山に登ります。
そこでイエスの顔は太陽のように輝き、服は光のように白く変わりました!
そこにモーセと予言者エリヤが現れ、イエスの最期について3人で話し合いました。
これを見た弟子たちは「旧約聖書」の偉大なふたりと神の子イエスとの間に深いつながりがあることが、弟子たちに示されました。
下山の途中、イエスは弟子たちに言いました。
イエス「私が死者の中から復活するまでは、今見たことは誰にも話してはいけない」
弟子たちは、治療しようとしますが上手くいきません。
イエスから「信仰の薄い者たちよ」と諭されます。
ラファエロの絶筆となった作品です
貢の銭(みつぎのぜに) 〜イエスの税金に関する考えと奇跡〜
イエスがカファルナウムを訪れたとき、神殿税を集める徴税人たちがペトロに言いました。
徴税人「あなたたちの先生は神殿税を納めないのか?」
ペトロ「納めますとも」
※神殿税を払わなければ、異端とみなされてしまうので即答です。
ペトロはイエスに相談しようとしますが、事情を説明する前にイエスから質問されます。
イエス「地上の王は、税を誰から取り立てるのか。自分の子供たちからか、それとも他の人々からか」
ペトロ「他の人々からです」
イエス「では、子供たちは納めなくていいわけだ」
イエス「神の子である自分は、神殿税を払う必要がない」
神殿税を払わなければ、異端とみなされてしまいます。
かといって自分のお金を納めるとパリサイ人に屈服したととられるため、イエスは奇跡によってお金を生み出しました。
ペトロに釣りをさせて、釣れた魚の口を開けると、銀貨が1枚見つかります。
それを徴税人に支払いました。
遠近法を初めて使った画家の1人で、異時同図法も駆使して描かれていますね。
火災にあいましたが、見事に修復されリズミカルな色彩が名画を鮮やかに伝えてくれています
税に関するエピソードは、もう一つあります。
イエスは、ユダヤ教の司祭に「皇帝に税金を納めるべきか」と問われます。
「すべき」と答えたなら、皇帝の支配を認めたことになります。
「すべきではない」と答えると、ローマ帝国への反逆となります。
そこでイエスは硬貨に皇帝の肖像画あることから・・・
イエス「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」
と答えました。お見事!
ルーベンスが描くとこうした渋い画題も劇的になりますね〜^^
ラザロの復活
ベタニアのマルタとマリアの弟ラザロを蘇生させる話です。
弟ラザロは病気になっており、マルタとマリアから知らせをもらってイエスは弟子たちとベタニアに向かいました。
イエスが到着したとき、ラザロは死後4日も経っていました。
出迎えた姉マルタにイエスは言います。
「あなたの弟はよみがえる」
マルタはイエスの言葉を信じました。
イエスは、ラザロをどこに葬ったのか尋ね、ラザロの死を悲しんで涙を流しました。
これを見た者の中には「盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようにはできなかったのか」と言うものもいました。
ラザロの墓まで来たイエスは、マルタに墓を塞いでいる石を取り除くように命じます。
マルタ「もう4日もたっていますから・・・その、臭います」
イエス「信じれば奇跡を見せる」
石が取り除かれるとイエスは天を仰いで言います。
イエス「父よ、私の願いを聞き入れてくださって感謝します」
イエス「ラザロ、出て来なさい!」と大声で叫びました。
すると、手足を布で巻かれ、顔尾を覆われたラザロが墓から出てきました。
この奇跡により、多くのユダヤ人がイエスを信じるようになりました。
また、マルタにスポットライトを当て、その周りを極端に暗くすることでドラマチックさを演出しています。
意外と効いているのが、壁にかけられた剣(?)などがアクセントになって画面をもたせていますね
イエスの受難
イエスのエルサレム入城から復活までの1週間を「受難週」といいます。
自らに待ち受ける受難と死を知りながら、イエスはエルサレムに入城します。
イエスは神殿を清めた後、弟子たちと最後の晩餐を共にし、裏切り者の存在を告げます。
その預言どおり、イエスは弟子のユダに裏切られ、ユダヤ教指導者たちに捕縛されます。
群衆の要求に応じて死刑を宣告されました。
ゴルゴダの丘で十字架に架けられて死に、3日後に復活し、自らが神の子であることを証明した後、昇天しました。
イエスが葬られた墓があった場所に4世紀に聖墳墓教会は建てられました。
ゴルゴダの丘もこの場所にあったそうです
エルサレム入場 ~ロバに乗って入城、旧約聖書の預言が成就~
ついにエルサレム入城「ワンピース」で言うなら「グランドライン」に入ったところですね!
これまでと、舞台が違っていきます。
エルサレムで自分が処刑され、復活することを予告したイエス。
過越祭が近づくと、弟子たちを連れてガリラヤを出発し、エルサレムに向かいました。
エルサレムに行く途中、イエスがある村に入っていくと、思い皮膚病を患っている10人が助けを大声で叫びました。
皮膚病の村人「私たちを哀れんでください!!!」
イエスは彼らを治しますが、イエスの足元にひれ伏して感謝したのは、ひとりのサマリア人だけでした。
さらにエルサレムに近づき、イエス一行がエリコの町をでるとき、ひとりの盲人が道端に座り叫び続けていた。
盲人「ダビデの子、イエスよ。私を哀れんでください!」
イエス「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」
たちまち盲人は目が見えるようになり、イエスについて行った。
ベタニアからエルサレムに入城することに決めたイエスは、弟子たちに指示しました。
「まだ誰も乗ったことのないロバを借りてきなさい」
弟子たちは自分たちの服をロバにかけ、イエスはそれに乗り、エルサレムに向かいました。
なぜ、こんなことをしたかというと旧約聖書の預言を成就させるためです。
旧約聖書の「ザカリヤ書」の預言
「エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ。あなたの王が来る。高ぶることなくロバに乗って来る」
この預言がついに成就しました。
過越祭のため、エルサレムには大勢のユダヤ教徒が集まっていました。
人々はイエスの入場に歓喜し、自分の服や野原から集めてきた葉のついた枝(シュロ)を道に敷きつめて一行を歓迎しました。
ローマの円形闘技場に礼拝堂を建て、道内を壁画で飾りました。
この行為は、高利貸し(当時、罪深い職業とされていた)の父親の贖罪の意味と、財力を示す意味が交差しています
エンリコめっちゃお金持ってる!!
イエスの「宮清め」 〜神聖な神殿で金儲けする商人たちを追い出す〜
エルサレムに入城したイエス一行は、神殿の境内に入りました。
するとそこには、生贄用の牛や羊、鳩などを売る商人や、ローマ帝国の貨幣を神殿に捧げる貨幣に両替する者たちの台が並んでいました。
神聖なはずの境内で、商売をしている者たちを見て怒ったイエスは・・・
縄で作った鞭で牛や羊を境内から追い出し!
両替商の金を撒き散らし!
そして、鳩を売る商人に言いました。
「このような物はここから運び出せ」
「私の父の家を商売の家としてはならない」
「あなたたちは神殿を強盗の巣にしている」
と、激しく叱責しました。
このイエスの行動(宮清め)にユダヤ教の司祭長や律法学者たちは激しく反発しました。
司祭長たち「こんなことをするからには、どんな奇跡を見せることができるのか?!」
イエス「この宮殿を壊してみよ、3日で建て直してみせる」
司祭長たち「46年もかかって建てたこの神殿の建築を3日で?!」
司祭長たちは驚きましたが、ここでイエスの言う「宮殿」とは自分の体のことで、3日後に復活すると言う意味でした。
その後、イエスが神殿で教えを説いていると、商人たちから迫られます。
商人たち「何の権威があって教えを説いているのか?」
イエス「洗礼者ヨハネは天から権威を授かったのか?人から授かったのか?」
商人たち「知らない」
イエス「では、私も言わない」
「神殿から商人を追い払うキリスト」の鮮やかな色彩、躍動感あふれる表現には、ベネチア派の影響が伺えます。
画面右下に描かれた男性たちは、ミケランジェロ、ラファエロ、ティツィアーノらの巨匠たちだと言われています
最後の晩餐
エルサレムに入城したイエス一行は、大歓迎を受けましたが、ユダヤ教の指導者たちはイエスを敵視し、何度も論争を仕掛けてきました。
しかし、イエスの答えは彼らの不信仰を指摘するものばかり(不信仰なのがわるいのですが・・・)、ユダヤ教の指導者たちはますます憎悪をつのらせていきました。
そんな中、イエスは過越祭を祝うため、弟子たちに食事の準備をさせました。
そして弟子たちの足を洗って、手ぬぐいで拭きはじめます。
ペトロ「私の足など洗わないでください」
イエス「もし洗わないなら、あなたと私は何の関りもないことになる」
イエスは弟子たちが互いに支えあうように命じたのです。
晩餐がはじまると、イエスは言いました。
イエス「あなた方のうちひとりが私を裏切ろうとしている」
弟子たちは騒然とします。
「私のことでは?!」と言い合いますが、続けてイエスは、
イエス「私と一緒に手で鉢に食べ物を浸したものが私を裏切る」
としか言いませんでした。
また、イエスはパンをちぎって
イエス「これは私の体だ」
と言いながら、弟子たちに与えていきました。
ぶどう酒の入った杯をもち、
イエス「これは、多くの人のために流される私の血だ」
と言いました。
そして、ユダにパンを渡したイエスは・・・
イエス「しようとしていることを、今すぐしなさい」
と命じます。
弟子たちは意味が分かりませんでしたが、ユダは部屋の外へ出ていきました。
そのユダこそ裏切り者です。
イエスの処刑前日のことでした。
特に課題になるのは、ユダの配置で、どう弟子たちを座らせるのか?
画家たちの頭を悩ませてきました。
ダ・ヴィンチの絵もリアルな食事風景としてはかなり変ですよね?
ゲッセマネの祈り ~流石のイエスもできれば死にたくはない~
最後の晩餐を終えたイエスたちは、オリーブ山の麓のゲッセマネの園に向かいました。
イエスは弟子たちに命じます。
「私が祈っている間、ここで座っていなさい」
そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人だけを連れて進みました。
イエスの変容のときもこの3人でしたね。
イエスは悲痛な表情を浮かべて言います。
「私は死ぬほど悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい」
少し進んで地に付し、祈りました。
「父よ、できることなら、この杯(苦難と死)を私から過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに」
そして、イエスが祈りを終えて戻ると、言いつけを守れずに弟子たちは眠っていました。
イエスは弟子たちを起こし、再び命じます。
「誘惑に陥らないよう、目を覚まして祈っていなさい」
再び、その場を離れ祈りを捧げました。
そして、戻ってみると、弟子たちはまたも眠っていました。
3度目の祈りを捧げて戻ったイエスは、眠り続けていた弟子たちに言いました。
「時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、私を裏切るものが来た」
イエスに人間味を感じるエピソードですね。
すぐに寝てしまう弟子たちは誘惑に弱い人間の姿を表しています。
絵の右奥にユダ一行が迫っています(-_-;)
イエスの捕縛 ~ユダの接吻を合図にイエスが捕まる~
世界一有名な裏切り者「ユダ」のエピソードです。様々な話に引用される有名人ですね。
イエスを裏切ったのは、12人の弟子のひとり、イスカリオテ出身のユダでした。
ユダは、ユダヤ教・祭司長の所に行き、銀貨30枚でイエスを引き渡すことを約束していました。
ユダは、ゲッセマネで祈るイエスのもとに、剣や棒を持った大勢の群衆と一緒に現れました。
ユダ「自分が接吻した相手がイエスだから、それを捕まえろ」
と、事前に合図を決めていました。
ユダはイエスに近づくと・・・
ユダ「先生、こんばんは」
と言って接吻しました。
イエス「友よ、しようとしていることをするがよい」
自分の身に起こることをすべて知っていたイエスは抵抗しませんでした。
それどころか、剣を持っていたペトロが、群衆のひとりに切りかかり、右耳を切り落としたのを見て
「剣を取るものは皆、剣で滅びる」
そう言って、ペトロに剣を収めさせ、耳を癒し、イエスは群衆に向かって言いました。
「私は毎日、神殿の境内に座って教えていたのに、あなたたちは私を捕えなかった」
「このような真夜中に捕縛が行われたのは、キリスト(救世主)は罪人のように扱われるという、【旧約聖書】の預言者たちの言葉が実現するために起きたことだ」
そう述べました。
このとき、弟子たちは全員、イエスを見捨てて逃げ出してしまいました。
・・・ちなみに「ユダが裏切ることをわかっていてなぜ弟子にしたのか?」
という問題の1つの答えとして、外典「ユダの福音書」にこうあります。
ユダはイエスの魂を肉体から解き放つ役割を担い、裏切りもイエスの指示とされます。
ときに負のイメージをもたれ、ユダにしばしば使われてきました。
ペトロの否認 〜イエスの弟子ではないと否定し、それを後悔する〜
捕縛されたイエスは、ユダヤ教の大司祭カイアファの屋敷に連行されます。
そこには律法学者たちが集まっており、最高法院による裁判が開かれました。
大司祭カイアファたちは、イエスを死刑にするため不利な証言をする者を集めました。
ほとんどの証言は食い違っており、死刑宣告できるほどの証言は得られませんでした。
しかし、最後に証言した者が
「この男は、神殿を壊して、3日あれば建て直せると言った」
こう証言し、カイアファはイエスに尋ねます。
大司祭カイアファ「お前は神の子、メシアなのか」
イエス「あなたたちは、人の子が神の右に座り、雲に乗って来るのを見る」
と答え、メシアであることを認めました。
大司祭カイアファは「神への冒涜である」として、死刑宣告をしました。
その頃、イエスが捕縛されたときに逃げたペトロは、大司祭カイアファの屋敷の中に潜み、裁判を覗いていました。
しかし、女中に見つかり「あなたはイエスと一緒にいた!」と指摘されます。
ペトロは否定し、その場から立ち去ります。
その後別の人から2度も「イエスの仲間だ」と指摘されますが、そのたびに否定しました。
最後には、イエスを呪う言葉まで口にしました。
そのとき、鶏が泣きました。
「最後の晩餐」の後、イエスはペトロに予告していました。
「鶏が鳴く前に、あなたは3度私を知らないと言うだろう」
そのときペトロは強く否定していました。
イエスの言葉を思い出したペトロは、激しく泣き崩れました。
次第に忘れ去られてしまっていましたが、20世紀に再評価されるようになりました。
ろうそくやランプの光を使って劇的な演出を行う構成は内省を誘います^^
「この人を見よ」 〜そそのかされたユダヤの群衆が死罪を要求した〜
裁判の翌朝、大司祭カイアファらは、死刑を確定させるために、イエスをユダヤ総督ピラトの邸宅へ連行しました。
当時、ユダヤを支配するローマ帝国から派遣される総督の承認がなければ死刑は執行できませんでした。
大司祭カイアファらは、イエスを反逆人として訴えましたが、イエスを尋問した総督ピラトは・・・
総督ピラト「私はあの男に何の罪も見出せない」
と述べました。
そこで、過越祭では罪人をひとり釈放できることになっていたので、ピラトはこの慣習を利用してイエスを釈放しようと考え、ユダヤ人の群衆に聞きました。
総督ピラト「あのユダヤ人の王を釈放してほしいか?」
しかし、ユダヤ人の群衆は強盗犯バラバの釈放を求めました。
そこで、総督ピラトはイエスを鞭で打たせた後、茨の冠を頭にのせて、紫の服を着せて、群衆の前に引きずり出させました。
総督ピラト「この人を見よ」
そう群衆に語りかけ、イエスの無罪を訴えました。
しかし、祭司長たちにそそのかされたユダヤの群衆は・・・
ユダヤの群衆「殺せ。十字架にかけろ!」
と、死罪を求めました。
群衆の怒りを恐れたピラトは、イエスを引き渡しました。
悪の象徴であるヒキガエルが群衆の持つ盾に描かれていますね
十字架の道行き 〜自らを磔にする十字架を背負って進む〜
総督ピラトから引き渡されたイエスは、総督の兵士たちによって着ている服をはぎ取られ、赤い外套を着せられ、茨の冠をかぶせられました。
また兵士たちは「ユダヤ人の王、万歳」と侮辱し、唾を吐きかけ、葦の棒で頭を叩きました。
それだけの屈辱を味あわされたのちに、イエスは外套を脱がされ、元の服を着させられました。
ピラト官邸の外へ引き出され、十字架を背負わされたイエスは、処刑場のあるゴルゴダの丘へ自らの足で進まされました。
しかし、途中で極度の疲労状態にあったイエスは、十字架の重さに耐えかねて倒れてしまいます。
そこを通りかかったキレネ人のシモンが代わりに十字架を背負わされたといいます。
ティントレットが手がけたこの作品は5mもの大作で大画面の迫力を持っています。
これはベネチア絵画の特徴でもあります
十字架のイエス 〜最後の言葉を残して息を引き取る〜
ゴルゴダの丘に到着したイエスは、服を脱がされ、手足に釘を打ち込まれて十字架にかけられました。
午前9時のことでした。
イエスの頭上には「これはユダヤ人の王イエスである」と書かれた罪状が掲げられました。
通りかかった者や祭司長、律法学者たちは・・・
「神の子なら、自分を救ってみろ」
「他人は救ったのに、自分は救えない」
と、イエスを罵りました。
正午ごろ、突然太陽が光を失い、その状態が3時間ほど続いたとき、イエスは突然大声で叫びました。
「我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになったのですか」
そして、息を引き取りました。
そのとき、神殿の垂れ幕が真っ二つに裂け、地震が起こりました。
「本当に、この人は神の子だった」
このできごとを見て恐れた見張りの兵たちは口々に、そう言いました。
「ルカ福音書」によるとイエスは最後に
「父よ、私の霊を御手にゆだねます」
と叫んだとあります。
また「ヨハネ福音書」には、
「成し遂げられた」
と言って、頭を垂れて息を引き取ったと記されています。
十字架降架 〜ロンギヌスの槍と聖杯伝説の原点となるエピソード〜
イエスが十字架の上で息を引き取った後、イエスが本当に死んでいるか確認するために兵士の1人がイエスのわき腹を槍で刺しました。
すると「血と水」が流れ出ました。
このイエスを槍で刺したという兵士の名前がロンギヌスです(聖書ではなく外典の「ニコデモ福音書」に記載)。
また、このときながれた血を受けた杯が存在するという伝説も生まれました。
この杯は「聖杯」と呼ばれ、聖杯に入れた水を飲むと傷病は癒え、不老不死を手に入れることができるとされました。
その後、アリマタヤ出身のヨセフがこの「聖杯」を持って布教のためにイギリスに渡ったとされます。
これが、聖杯を求めて円卓の騎士たちが冒険に出るという「アーサー王の聖杯伝説」に繋がっています。
イエスが十字架から下ろされると、イエスを密かに信仰していたアリマタヤ出身の議員ヨセフが、イエスの遺体を引き取りたいと、総督ピラトに申し出て許可を得ます。
そこへ、イエスに敬意を払っていた議員ニコデモも、没薬(もつやく:ゴム樹脂)と沈香(じんこう:高木)を混ぜたものを持って来ました。
彼らはユダヤ人の埋葬習慣に従って、きれいな亜麻布(あまぬの)で包み、香料を添えて、岩に彫った墓穴の中に収めました。
墓の入り口は、大きな石で蓋をされました。
イエスの最後を見守ったマグダラのマリアや聖母マリアはイエスの墓をずっと見つめていたと言われています。
キリスト教美術では「イエスの遺体を膝の上に抱いて嘆き悲しむ聖母マリア」として表現されます。
最高傑作と呼ばれるのは、上のミケランジェロのピエタです^^
イエスの復活
「3日後に復活する」というイエスの言葉が気になっていた祭司たちは・・・
「イエスの弟子たちが、遺体を盗み出し、イエスが復活したと言いふらすかもしれない」
と、総督ピラトに兵士を見張りにつけるように頼みました。
そのため、イエスの墓には番兵が置かれました。
しかし3日後、番兵たちが寝ている間にイエスは復活します。
マグダラのマリアたちが墓を訪れると、天使が現れ、イエスはすでに墓にいないことを告げました。
その後イエスは弟子たち11人の前にも姿を現し、復活を証明しました。
実際に姿を現すまで「イエスが復活したこと」を弟子たちの誰も信じようとしなかったことをとがめました。
そして、弟子たちに使命を与えました。
「全世界に行って、すべての造られたものに福音を述べなさい」
フランチェスカの絵では左側の木は枯れていて、右の木は茂っています。
死と生を対比して復活を強調する絵画になっていますね
キリストの昇天
復活から40日間、イエスは神の国について語った後、オリーブ山から天に登っていきました。
イエスの姿が雲の中に入って見えなくなっても、弟子たちは天を見上げていました。
すると2人の天使が現れます。
天使たち「天に挙げられたイエスは、また、今見たのと同じようすで、おいでになる」
こう告げられたことによって、イエスが確かに昇天したこと、いつか地上に降臨することを知ります。
そして、弟子たちはイエスの復活の証人となり、福音を世界中の人々に伝えるために、布教活動を始めました。
福音とは
イエスによって世界の人々が救われるという教え
地上では聖母マリアやイスカリオテのユダを除く12使徒が見送っています
使徒たちによる伝道
イエスの昇天後、12使徒のもとに精霊が降臨します。
そして、使徒たちによる伝道活動が始まり、教会(キリストを信じる共同体)が誕生していきます。
キリスト教徒を迫害する急先鋒であったパウロは、奇跡体験を通じて回心します。
人生で3度にわたる伝道旅行を敢行しました。
キリスト教が世界的宗教へと発展する基礎が築かれました。
そして、12使徒のひとりヨハネは『新約聖書』の最後を飾る「ヨハネの黙示録」を記します。
「世界の終末」と「最後の審判」を予言しました。
サン・ピエトロ大聖堂の横にはシスティーナ礼拝堂もあり、ミケランジェロの描いた天井がなども見れます。
≫システィーナ礼拝堂をGoogleストリートビューで見ると感動できます!
聖霊降臨
イエスの昇天後、11人の弟子たちはエルサレムに戻りました。
イエスを裏切ったユダは自殺したため、イエス復活の証人としてマティアを仲間に加え、また12人になりました。
過越祭から50日目の五旬祭(ごしゅんさい)の日、12使徒はエルサレムの家に集まっていました。
※五旬祭(ごしゅんさい)・・・ユダヤ教の祝日
すると突然激しい風が吹き、炎のような舌がいくつも現れ、それぞれの頭上に留まりました。
イエスが約束していた精霊が降臨したのでした。
使徒たちはユダヤで使われていたアラム語ではなく、霊の言わせるままに様々な外国の言葉で語り出しました。
この騒ぎに集まった人々の中には外国出身者も多く含まれていたので、
群衆「彼らが私たちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」
と驚きました。
するとペトロは大きな声で説教を始めました。
ペトロ「知っていただきたいことがあります!私の言葉に耳を傾けてください」
ペトロ「イエスは神から遣わされたもので、神がイエスを復活させました」
ペトロ「そして・・・あなた方が十字架につけて殺したイエスを、神はメシア(救世主)となさったのです」
その日のうちに、3000人ほどが洗礼を受けました。
信者たちは心を一つにして生活し、人望を集めました。
キリスト教では、この日を教会(キリストを信じる共同体)が誕生した記念日としています。
それ以上に独特のタッチとマニエリスムの相性、そして神秘性の相乗効果が非常に魅力的です。
躍動感のある画面がストーリーを語ってくれているようです^^
パウロの伝道 〜キリスト教徒を殺害するも奇跡によって回心する〜
キリスト教徒が急増したため、ユダヤ教の祭司たちは、不安を募らせました。
そんなとき、キリスト教徒ステファノは「神の子イエスを殺した」とユダヤ教徒を批判し、彼らの激しい怒りを買い殺害されてしまいます。
熱心なユダヤ教徒のパウロは、ステファノ殺害に参加するなど、キリスト教徒への攻撃・迫害を続けていました。
あるときパウロは、旅の道中、突然天からの光に照らされ、馬から転げ落ちました。
地に倒れたパウロにイエスの声が聞こえます。
イエス「なぜ私を迫害するのか?」
パウロはイエスから街に入るように命じられますが、このとき目が見えなくなっていました。
3日後、キリスト教徒アナニアは夢の中でイエスに命じられてパウロのいる家を訪れます。
アナニアが手をかざすとパウロの目から鱗のようなものが落ちて、視力が回復しました。
この奇跡によってパウロは回心し、熱心なキリスト教徒になりました。
その後、パウロはエーゲ海沿岸一帯に3回の伝道旅行を行い、キリスト教が世界的な宗教に発展する基礎を築きました。
ヨハネの黙示録 〜この世の終わりにイエスが人々を裁く〜
【新約聖書】の最後には「世界の終末」や「最後の審判」など、預言的な内容が黙示的(啓示的)に語られている「ヨハネの黙示録」が収められています。
パトモス島(ギリシャ)で暮らしていたヨハネが見た幻視を自身が語ると言う形式で記されています。
黙示録による「世界の終末」
-
- 7角7眼の子羊が天の巻物の封印を解くと、地上では戦争や飢餓が起こる。
- 7人の天使がラッパを吹くと、地上ではさらに禍が起こる。
- 天使たちが、神の怒りを地上に注ぐと、地上の悪は滅び、世界は週末を迎える。
- その後、地上はイエス・キリストと殉教者が1000年間統治する。
- サタンが現れるが神の前に滅びる。
- 最後の審判がはじり、死者は「命の書」に基づいて裁かれる。
- 天からは新たなエルサレムが降り、キリストが再臨する。
最後の審判について「マタイ福音書」では・・・
人の子イエスは天使たちを従えて栄光の座に着き、すべての国の民を集めて、
羊(善人)を右に、山羊(悪人)を左に分けると語っている。
善人は神の国で祝福され、悪人は永遠の罰を受けるという。
審判者キリストから見て右に天国、左に地獄が描かれていて、さらに上下の動きを加えて描きました。
300体を超える人物が描かれています。
ミケランジェロはこれをほとんど1人で描きました・・・すげぇ。。。
まとめ:西洋絵画で読み解く【新約聖書】ストーリーを名画で解説「キリスト教とは?」
ここまで、しっかりとお付き合いいただいた方はどれほどいらっしゃるのでしょうか・・・?
3万字近くなってしまったこの記事、西洋絵画の基礎ということでまとめてきました。
あらゆるコンテンツの下敷きになる重要エピソードがたくさんありますね!
この記事を書きながら、マトリックスなどを見たりしたのですが、キーワードや伏線、暗喩などさまざまな使われ方をしていますね。
ロンギヌスの槍、聖杯伝説などのエピソードの元ネタなども出てきましたねw
また、旧約聖書もキリスト教の重要な一部なので、繋がりを知っておくことの大事さもわかりました。
旧約聖書に比べると、どうしても布教目的のエピソードなのでツッコミどころは少なく・・・
神聖だなぁ・・・と感じることはあれど、正直ねむくなってしまうところもありました。
とはいえ、このざっくりとした流れを捉えておくだけでもかなりの西洋絵画やその他コンテンツの理解の解像度を上げることができます!
現に、絵の意味やシーンの細かなニュアンスなどがわかるようになり、各絵を長く鑑賞することができるようになりました。
これまで、どれだけ表面的にしか理解していなかったかがわかります・・・。
まだ、旧約聖書編を読んでいない方はぜひご覧ください。
そのうち、ギリシャ神話編を書いていこうかと思います!
それではまた!
参考にした書籍 「ビジュアル図解聖書と名画(中村明子)」、「ビジュアルワイド 図解 聖書と名画(中村明子)」「マンガでわかる「西洋絵画」のモチーフ(池上英洋)」、「マンガで分かる「西洋絵画」の見かた聖書編(池上英洋)」、「キリスト教と聖書でたどる世界の名画」、「西洋・日本美術史の基本」、「西洋絵画の教科書(田中久美子)」、「名画の読解力(田中久美子)」そしてネット上のいろいろな記事です。
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